設計ノート

子どものワーキングメモリ ——「鍛えられます」と書かないことにした理由

覚えることと、思い出して使うことは、別の力です。そこは設計できる。効果は約束できない。

三つのことを続けて頼んだのに、最初のひとつしかやっていない。

聞いていなかったわけではありません。頼んでいる最中、こちらを見ていました。最初のひとつは、ちゃんとできています。

残りの二つが、どこかで消えている。

覚えることと、思い出して使うことは、別の力です

「覚える」と一口に言いますが、実際には二つの作業が入っています。

ひとつは、しまうこと。聞いたものを、そのままの形で保持する。

もうひとつは、取り出して操作すること。しまったものを引っ張り出して、順番を入れ替えたり、いま必要な方を選んだりする。

この二つは、同じようでいて違います。そして日常でつまずくのは、たいてい後ろのほうです。

だから、逆から答えてもらう課題を入れました

いちばん分かりやすいのが「逆順」です。

光った順に押し返すだけなら、しまっておけば足ります。でも「逆から押して」と言われた瞬間、しまったものを取り出して、頭の中で並べ替えなければ答えられません。

アプリでは、光の順番を覚える課題の最後の二関が逆順です。数字を順に押していく別の課題にも、逆順のステージがあります。同じ盤面、同じ数の情報量で、要求している作業だけが変わります。

指示は、最後まで聞かないと押せません

もうひとつ入れたのが、音声で複数の指示を出す課題です。

「あかいさかなを さわって、それから みどりのたからばこを あけて」

ここで意図的にしたことがあります。読み上げが終わるまで、どの物にも触れません。

先に押せてしまうと、一つ目を聞いた時点で手が動いて、残りは耳に入りません。それは日常で起きていることと同じです。だから最後まで聞く、という形のほうを先に作りました。

ここは実装でつまずいたところでもあります。最初は「文字数からだいたいの秒数を見積もる」方式にしていたのですが、日本語の長い指示だとまだ喋っている途中で押せてしまうことがありました。いまは読み上げ自体の完了を待つようにしています。

ただし、聞き取りのテストにはしない

「もういちど きく」は何度でも押せます。字幕も出せます。

ここで見たいのは覚えていられるかどうかであって、一回で聞き取れるかどうかではありません。聞こえにくい日も、集中が切れている日もあります。そこで落とす理由がない。

邪魔が入っても、戻ってこられるか

カードの位置を覚える課題には、こういう関があります。

全部のカードを見せて、伏せて —— すぐには聞きません。「ちょっと まってね」と言って二秒あけてから、どこにあったかを聞きます。

宿題の途中で話しかけられる。あれと同じ形です。覚えていられるかだけでなく、中断されたあと戻ってこられるかを見ています。

別の関では、覚えている最中に魚が横切ります。同じ意図です。

それでも「鍛えられます」とは書きません

ここからが、この記事を書いた理由です。

こういう課題を並べると、「ワーキングメモリが鍛えられます」と書きたくなります。実際、そう書いてあるアプリはたくさんあります。

私たちは書きません。

理由は単純で、確かめていないからです。

ゲームの中で逆順の課題が上手になることと、学校や家での困りごとが減ることは、同じではありません。前者は画面の中で測れます。後者は測っていません。そこに橋が架かっているかどうかを、私たちは知りません。

だから言えるのは、ここまでです ——「こういう作業を要求する課題を作りました」。その先は、書けば嘘になります。

アプリを売る文章としては、弱いと思います。それでも、確かめていないことを書くよりはいい。

ひとつだけ、今日から試せること

アプリの話を抜きにして。

三つ頼んで一つしか返ってこないとき、「ちゃんと聞いて」ではなく、一度に頼む数を二つに減らしてみてください。

それで通るなら、聞いていなかったのではありません。入り口の幅の問題だった、というだけです。

幅は、あとから広げられるかもしれない。でも今日の宿題は、いまの幅で通す必要があります。


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