漢字ドリルを見ていて、気づくことがあります。
字はちゃんと書けている。形も悪くない。でも、書き順が違う。
注意すべきか、迷います。学校では直されるかもしれない。でも、いま書けたばかりのものを「そこ、順番が違うよ」と言って止めるのは、なんとなく気が引ける。
小学生向けの漢字アプリを作っていて、この問題に正面からぶつかりました。結論から言うと、書き順は採点しないことにしました。筆順のアニメーションは入れているのに、です。
理由が三つあります。
1. 左利きの子には、そもそも合っていない
決められた順番で書くというのは、右手で書くことを前提にした作法です。
左手で書く子にとっては、同じ順番が同じように自然とは限りません。手が紙を隠す、払いの向きが逆になる、腕の動きが違う。
それでも「順番が違う」で不正解になるなら、その子は字が書けていても評価されないことになります。工夫でどうにかなる話ではなく、前提が合っていないだけです。
2. 文部省の手びき自体が「これ以外は誤りではない」と書いている
これは私の意見ではありません。決めた側が、そう明言しています。
日本の学校で教わる筆順のもとになっているのは、1958年(昭和33年)に文部省が出した『筆順指導の手びき』です。その本文には、こう書かれています。
本書に示される筆順は、学習指導上に混乱を来たさないようにとの配慮から定められたものであって、そのことは、ここに取りあげなかった筆順についても、これを誤りとするものでもなく、また否定しようとするものでもない
つまりあれは「唯一正しい順序」ではなく、教える側が混乱しないための統一です。同じ手びきには、ここに載っていない筆順で従来行われてきたものを誤りとするものではない、という趣旨も書かれています。
書道をやると、これは実感としても分かります。楷書には決まった筆順がありますが、行書になると変わります。草書はもっと変わります。書家によって書き癖も違います。
「学校で教える順序」を、唯一の正解として子どもを採点することには、この時点ですでに無理があります。
3. 書ければ十分、という時代の判断
いま、大人がペンで字を書く機会はどれくらいあるでしょうか。
読める字が書ける。それができれば、実生活ではほとんど困りません。書道は素晴らしい趣味ですが、全員の必修技能である必要はもうないのではないか。
古い時代の決まりを、そのままいまの子どもに当てはめる理由が、私には見つかりませんでした。
ただし、軽視しているわけではありません
採点しないことと、教えないことは、別です。
なぞり書きの判定が基準に届かなかったとき、アプリは自動で筆順アニメーションを出します。一画ずつ順番に字が伸びていくものです。いつでも自分から呼び出すこともできます。
採点はしない。でも、見せる。
右手で書くなら、あの順序はやはり合理的です。だから押し付けるのをやめて、見る回数を増やす——という設計にしました。
では、何を採点しているのか
なぞり書きは、二つの数字で判定しています。
- 骨格カバー率——指が、字の線の上をどれくらい通ったか(55% 以上)
- インク含有率——書いた線のうち、どれくらいが字の近くに収まっているか(62% 以上)
なぜ 45% は通っていなくてもいいのか
ここは正直、いちばん迷ったところです。
厳しくすれば判定は正確になります。でも、失敗する回数も増えます。
画面に指で書くのは、紙に鉛筆で書くのとは違います。iPad とペンを使っても、全体が 2 ミリ右にずれる、ということが普通に起きます。それを「書けていない」と判定してしまうと、字は書けているのに落ち続けることになります。
挫折させるコストのほうが、判定の甘さより高い。そう判断しました。
二つ目の数字は、その緩さを悪用させないためにあります
一つ目だけだと、マスを全部塗りつぶせば通ってしまいます。
二つ目は「線の近くにどれだけ収まっているか」を見るので、はみ出して塗れば落ちます。片方が甘くする役、もう片方がごまかさせない役です。
答えを見たら、コインは出ません
三回間違えると、正解を見せます。詰まったまま終わらせないためです。
ただし、答えを見たその字は「できた」になりません。コインも出ませんし、あとでまた出てきます。
理由は単純で、コイン目当てで適当に押されると意味がないからです。子どもは楽なほうへ行きます。それを責めても仕方がないので、楽なほうへ行っても得をしないようにしてあります。
中身について
日本の小学校 1〜6 年生の配当漢字 1,026 字すべてが入っています(学年ごとに 80 / 160 / 200 / 202 / 193 / 191 字)。
そのうち 709 字は部品に分解できます。部品を組み立てて字を作る遊びができるのは、この範囲です。残りの 317 字は、独体字だったり、無理に分解すると不正確になるものなので、読みとなぞり書きだけにしてあります。全部が組み立てられるわけではありません。
字形は KanjiVG、読みは KANJIDIC2 を使っています。どちらも公開されているデータで、アプリ内に出典・作者・ライセンスを表示しています。
今晩、ひとつだけ試せること
アプリの話を抜きにして、ひとつだけ。
お子さんが漢字を書いているところを見ていて、順番が違ったら——一度だけ、何も言わずに最後まで書かせてみてください。
書き上がった字が読めるなら、それは書けた、ということです。
そのあとで筆順を見せたいなら、見せればいい。でも、書き終わる前に止めない。
途中で止められた子が覚えるのは、筆順ではなく「漢字を書くと注意される」ということのほうかもしれない——私はそれを心配しています。
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